努力できるという才能について

努力できるということ自体が才能だという人がいます。

例えば、私自身はサラリーマン時代に「3年間、毎日始発電車に乗って出社」していました。
これをするには「毎日朝4時に起きて出社準備」をする必要があります。

これについて、私自身は「毎日始発電車に乗って出社するなど、単に自分が朝早く起きれば良いだけ」なので、努力をしていたという自覚もありませんでした。
ですが、当時、勤務していた会社で「毎日始発電車に乗って出社している」というネタを出すと、例外なく驚かれていましたので、他の人から見ればこれも努力していたということになるのでしょう。
私としては、夜までダラダラ残業して仕事をするのがイヤだったので、朝の誰もいないオフィスで仕事をしたり、考え事をしたり、勉強をしたりするのが好きだったというだけなのですが…。

ちなみに、私自身のサラリーマン時代のこの仕事のしかたは、当時、部下を指導する立場になったときには困るときがありました。

当時の私の部下に対する指導方針といえば「自分がいろいろと試行錯誤をしながら仕事を覚えていった方法の中から、より効果が高いものから教えていく」というものでした。

つまり「自分がしてきた失敗は繰り返さなくていい。より効率的に仕事ができるようになってほしい」というような考え方だったわけです。

ですが、後輩の指導をするようになった当初、私は、いわゆる「私が苦にならない努力」と、「他人が苦にならない努力」は違うということを全く理解していませんでした。

例えば、私が毎日やっていた「始発電車で出社する」というものですが、毎日始発電車で出社すると「だいたい始業時間の3時間前には出社」することになります。
私自身はこの時間を使って、「誰よりも仕事の件数を処理」したし、「不動産の勉強」をしたため、当時の会社では「不動産調査、契約書作成実務の仕事で一番」になることができました。
また、この時間を使って「英語の勉強」もし、英語力を身に付けることもできました。

また、不動産調査の仕事を始めた当初、私自身は不動産に関する知識をほとんど持っていませんでした。
ですが、できるだけ早く仕事を覚えたかったので、不動産調査についてひととおり説明してある厚めの本を購入し、毎日電車の中で読むということを「就職した当初から2年間、出勤日はほぼ毎日読む」ということをしていました。
これにより、この本を「2年間で20回以上通読」するに至り、私の不動産調査の基礎を作ることができました。

ちなみに、この時私が読んでいた本は、読みやすくて本当にいい本だと思っていましたので、その後、何人もの後輩に読むように勧めていましたが、「1度でも通読した人は、一人もいませんでした」ので、この本を20回以上も読み返すというのも、他の人から見ると、ある意味「努力」だったのかもしれません。

いずれにしても、当時の私からしたら「仕事を覚えるため最短の方法は教えているのだから、自分よりもラクに仕事を覚えられるはずだ」と思い込んでいたわけです。
ですから、「いつまでたっても仕事ができるようにならない部下」を見て「なぜできないのだ」と怒ったり・落胆したりしていました。

ですが、もし仮に、私がやってきたことが「才能」だということであれば、できない人がいるのも分かります。

多くの人に不動産調査や、重説・売契の作成方法等を教えてきて、結局、最終的には「誰に対しても効率的なやり方は平等に教える」けど「努力をするか否かは本人に任せる」という感じになっていきました。

つまり「ある程度できる人は、できる範囲で、できるように」なってもらい、「できない人は、それなりの人になってもらう」という感じです。

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この記事を書いた人

・略歴:会社員時代、調査・契約部門のトップを6年間にわたって務め、直接かかわった売買は5,000件以上です。また、調査・契約の専門職員や営業社員を全国で100名以上育成しています。
・保有資格:宅建士、行政書士、簿記、FP、TOEIC等

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